こんにちは、Piyaです。
9月に入ってから急にブログを書きたい欲が出てきているため更新頻度が上がっています。どうかお付き合いください。
さて、今回は1年半前の出来事を今更書こうと思います。
私が本帰国した際はコロナ禍真っ最中で帰国の際のルールがとても厳しめでした。
その際の事は以前別の記事で書いております ↓
以前の記事ではさらっと『羽田に着いたあと3日間政府の用意したホテルに泊まり、ハイヤーで京都まで移動して今は京都のホテルに泊まっています。』と書いているのですが「いやこの部分をブログに書けよ!!」と思ったので、今回はこの時のある意味 貴重な体験を備忘録代わりに詳しく書いていこうと思います。
JALの直行便
私は京都に実家があるのですが、この時は 羽田着の直行便を往復で取りました。
当時イギリス~日本の直行便が減らされていたので、関西国際空港に着く便は乗り継ぎ便しかありませんでした。経由地の国のルールもコロコロ変わる時期だったので、無駄なトラブルを避けるため羽田から帰る事を決めました。
いつもは経由便を利用して航空費を安く済ませていた私。今回は直行便が最善の選択だったのでJALで帰ったのですが、なんと恥ずかしながら初めてのJAL利用でした。
コロナで利用者が激減していることもあり、普通の経由便くらいの値段(£750)で往復便をとる事が出来ました。
今は懐かしいソーシャルディスタンスの関係もあり、左右の席は空席でエコノミー席を3席分使ってのびのびと帰ってきました。
12時間ほどのフライトですので、もちろん機内食は出ました。機内食を受け取る時もお客さんとCAさんは出来るだけ短い間の接触にするようにしていて、CAさんは使い捨ての手袋とマスクを装備していました。
それ以外の軽食は座席前のポケットにあらかじめ突っ込んであるスナックのみでした。
記念に撮影した機内食。スナックの写真は撮り忘れました
あとは乗っている人数が少ないせいかCAさんの手が空いていたようで、飲み物のおかわりは要りますか?と頻繁に聞いてくれたのが個人的にはとても助かりました。
私はチキンなので、普段飛行機では飲み物のおかわりをなかなか頼めません……。今までで一番飲み物のおかわりをしたフライトでした。(どうでもいい)
この頃はイギリスを発つ前&日本に着いた後の2度検疫があり、陰性の結果が出るまで入国できないルールがありました。PCRをして結果が出るまでの間に2時間ほどかかる可能性がある&水すら買いに行けないという情報を事前に仕入れていた私は空の水筒を機内に持ち込み、CAさんに事情を話してお水をもらいました。あと「お腹が空くかもしれないのでこちらもどうぞ!」とおっとっとも貰いました。
このホスピタリティの高さと機内で日本語を使える快適さに屈服した私はもうJAL以外使えない体になってしまいました。
そして実際に空港に降りてみると自動販売機のコーナーを塞がれていて飲み物を調達出来ない状態になっていました。水を貰っておいて良かった。
更にその後の話です。
私が取ったのは往復便なので、予約の際に往路(日本 → イギリス)の便を2022年7月ぐらいの日程で仮予約しました。しかしその時期にまたコロナが流行り、乗る予定だった便がキャンセルになって30,000円ほど返金になりました。
元々片道£1300の便だったので1/4ぐらいの料金で帰ってきたことになります。
このフライトでかなりお世話になったので、次に海外に行くときはまたJALを使って恩返ししたいなと思っています。
羽田のホテル
色んなルールを守って無事に到着した後、政府がリストアップした対象の国に入っている人は3日間の 監禁 ホテル隔離となります。
ワクチン証明があれば隔離期間短縮という措置もあったはずですが GP登録などが上手くいっていなかった私は証明がなく、隔離対象になりました。
隔離先のホテルはいくつかあり、陰性結果が出た人から順番に貸切バスに乗りました。
どこに泊まれるかはホテルガチャだったので行先も分からずバスに揺られる事になります。
遠くのホテルに行く可能性もあったのですが、めちゃくちゃ近く……というか羽田直通のホテルになりました。バスに乗っていた時間、約3分ほど。一瞬すぎて他の乗客も「え?」と戸惑っていました。歩ける距離やん。
部屋の窓から撮った写真。空港までこの距離でした
部屋の写真。私物が散らかってます
ホテルに着いてから、ホールで手続きをして部屋に移動。大きな荷物は部屋まで運んでもらえました。
手続きを済ませて部屋に入ってからは3日間1歩も部屋の外へ出れません。
しかし私にはこの生活がとてもとても快適でした。
部屋から1歩も出られない代わりに、食事は部屋の前に運ばれてきます。
水が足りなくなったらフロントに電話すれば持ってきてもらえます。
ホテルは新築でとても綺麗、テレビはBBCが映り、大画面でYouTubeを観る事もでき、クイーンベッドを広々使って寝転べます。
どんなにダラダラしていても誰に何を言われることもなく、シェアハウスではないので人目を気にすることもない。最高。
コロナで開花した引きこもりの才能を存分に活かした3日間でした。
ちなみにこの時の滞在費・食費・その他雑費、全て無料。
人生で一番 社会保障されているなと感じた3日間でした。
隔離中のごはんの一部。毎食パックのお茶が付いてきます。デザートが付いていたり朝はパンになったりと至れり尽くせりでした
こうして悠々と過ごすこと3日、あっという間に最終日になりました。
ホテルに着いた日を0日目とする謎ルールがあるため、4日目が隔離最終日になります。お昼ごろに返ってきた検査結果で無事陰性を勝ち取った私は京都へ帰る事になりました。
ハイヤーの値段が高すぎる問題
当時(2021年の末頃)は本当にコロナ禍真っ盛りの時だったので、海外から帰国した人は 公共機関の使用はNG。
羽田から京都へ帰る際も、飛行機や電車は使えません。たしかタクシーもダメでした。
そのため 家族や友人などの運転する車で帰って自主隔離生活を送る or ハイヤーで帰る という2択になります(徒歩で帰れる人は徒歩もOK)
私の家には車がありません。(京都市内に住んでいると車無しでも十分生活出来るので、車を保持するより安く済む事が多いです)
友達に頼むことも考えましたが、もし何かあった時に責任が取れないので然るべきサービスを使って帰ることに決めました。
というわけでハイヤーの値段を調べたところ……
これに別途ホテル代が必要になります。
高!!!!
私がこの時に取った日本からイギリスへの往復便の方が安いという面白い事実が判明しました。
しかし他に方法がないので20万出すしかない……と思っていたところ「送迎付き帰国者向けプラン」があるホテルが見つかりました。
祇園にあるアパートホテルで、羽田までの空港送迎と10泊分の宿泊費を合わせて16万5千円。
値段だけ聞くと安くはないですが、ハイヤーとホテル代を合わせて20万円で済むならだいぶ破格です。場所も実家からそんなに遠くないので、隔離が終わって帰るのもなんとかなりそう。後は見知った土地の方が食料調達なども苦労しなさそう、ということでこちらのホテルを予約しました。
そうして羽田まで迎えに来てくれたおじさんはとても気さくな方で、ホテルのオーナーのようでした。おじさんの豊富な人生経験話を聞きながら、楽しいドライブをしました。昼頃に羽田を出発して、夜には無事に京都のホテルに到着。
京都のホテル
泊まったのは八坂神社の近くにある『HOTEL SOU』というホテルでした。
- アパートホテルHOTEL SOU KYOTO GIONホテルソウ京都祇園
アパートホテルなので1人暮らしの部屋のような雰囲気がありました。
補助ベッドも合わせると3人泊まれる広々した部屋で、しっかりしたキッチン付き、大きい洗濯機と広くて綺麗なお風呂場があり「普通にここにしばらく住みたい」と思うぐらいでした。
ゴミは部屋の前に出しておけば回収してもらえるシステムだったので部屋の中にゴミが貯まる事もなく快適に過ごせました。
広くて空間を持て余すメインルーム。テレビもでかい。
買い物など必要に応じて外へ出てもOK
自主隔離期間は羽田のホテルとは違って食事が運ばれてこないので自力で食料を調達する必要があります。
スーパーや飲食店のテイクアウト・軽い散歩などは政府のルールでもOKだったので、健康のために祇園周辺をぶらぶらする事もありました。30分歩いた先の推し神社に行くこともありました。
ホテルの目の前にある八坂神社。早朝だったので朝日が綺麗です
粟田神社。刀剣乱舞にも登場する三日月宗近や粟田口派に縁がある刀に関係する神社です
そもそも出不精引きこもり大好き人間だったので外出は少なめにしていたつもりですが、こうして振り返るとそれなりに散歩してますね(笑)
写真はありませんが、清水寺の近くにあるカフェに行ったり縁切りで有名な安井金毘羅の前を通ったりもしました。
狭い範囲をフラフラ歩くだけで有名な寺社仏閣に辿り着けるのも京都の魅力です。
COCOAでの抜き打ちチェック
毎日保健所からランダムな時間に電話が掛かってきて、スマホで顔と部屋の背景を録画しながら外に出ていないよ!!!と証明する必要がありました。位置情報もチェックされ、登録した隔離先から動いていないかチェックされます。
(録画の際には背景を映す必要があるのでスーパーに買い出しに行っている間はあえて無視する事もありました)
飛行機で濃厚接触者になっていたことが判明
ホテルで過ごしていたに京都府の保健所から連絡があり、飛行機で前後2列以内の人が陽性になったという連絡が来ました。プライバシーの関係でどのぐらい近くの席の方かは分かりませんが濃厚接触者になったのでコロナの検査をしてくださいと言われました。
検査キットは保健所が送ってくれたので、それを送り返し結果を待つことになりました。この時の検査も無事陰性でした。
こうして無事に14日の隔離生活を送ったあと実家に帰る事が出来ました。
保育園勤務をしている親に若干バイ菌扱いされ荷物を消毒されまくったのを覚えています(笑) 思い返せば、帰国者の肩身が狭い時期がしばらく続いていましたね。大変な時期を乗り越えた皆様、お疲れさまでした。
最後に
久しぶりに思い返してみたらそこそこ貴重な体験をしていますね。
特急「はるか」を使えたら4000円&2時間ほどで帰れる距離に苦労とお金を費やした14日間でした。
もう1年半前も前の出来事なので、忘れる前に文字に残しておけて良かったです。
もう今はこんなに厳しいルールはないので、コロナ禍のワーホリで動き回れなかった分これから色んなところに行けたらいいなと思っています。
以上Piyaでした!
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